主な奈良の年中行事(芸能関係)

期日

行事名

場所

芸能内容

1

1月3日

神楽始式 (春日大社) <御巫神楽>

2

1月14日

舞楽始式 (春日大社) <舞楽>

3

2月3日

お田植え祭 (手向山八幡神社) <雅楽>

4

2月3日

節分万燈籠 (春日大社) <舞楽>

5

2月25日

お田植え祭 (菅原神社) <雅楽>

6

3月12日

お水取り (東大寺) <雅楽>

7

3月13日

春日祭 (春日大社) <和舞>

8

3月15日

お田植神事 (春日大社) <御巫神楽>

9

3月21日

聖霊会逮夜 (法隆寺) <管絃法要>

10

3月2日

聖霊会 (法隆寺) <管絃法要>

11

4月1日

花会式 (薬師寺) <舞楽>

12

4月29日

和舞奉納祭 (春日大社) <和舞>

13

5月1日

献氷祭 (氷室神社) <舞楽>

14

5月2日

聖武天皇祭 (東大寺) <舞楽>

15

5月5日

菖蒲祭 (春日大社) <舞楽>

16

5月5日

こどもの日舞楽公演会 (春日大社) <管絃・舞楽>

17

5月11日

薪御能 (春日大社及び興福寺) <能楽>

18

5月12日

薪御能 (春日大社及び興福寺) <能楽>

19

5月19日

梵綱会(うちわまき) (唐招提寺) <舞楽>

20

8月14日

中元万灯籠 (春日大社) <舞楽>

21

10月1日

氷室神社例祭舞楽奉納 (氷室神社) <舞楽>

22

10月8日

奈良豆比古神社翁舞 (奈良豆比古神社) <翁舞>

23

11月3日

文化の日舞楽公演会 (春日大社) <管絃・舞楽>

24

12月15日

大宿所祭 (春日大社大宿所) <御巫神楽>

25

12月17日

春日若宮おん祭 (春日大社及び御旅所) <舞楽・その他>

26

12月18日

春日若宮おん祭後宴の能 (春日大社及び御旅所)

<能・その他>

 

  舞楽始式  (成人の日) 於春日大社  林檎の庭
  振鉾三節=左舞・右舞     地久=右舞
     

 

 

 春日大社万燈籠      於春日大社林檎の庭
 節分万灯籠  2月3日(節分の日)    中元万灯籠  8月14日(毎年)
  蘭陵王=左舞     納曽利=右舞
     

 

     菖蒲祭  5月5日(祝)   於春日大社林檎の庭 
 
  賀殿=左舞       落蹲(大神流)=右舞
   

 

  定期演奏会5月5日(祝)  於春日大社萬葉植物園 
  管絃   迦陵頻=左舞
   
 胡蝶=右舞   胡徳楽=右舞
   

  明治祭  11月3日(祝)     於春日大社林檎の庭
  蘇莫者破=左舞     貴徳=右舞
 


 定期演奏会11月3日(祝)  於春日大社萬葉植物園 
   
  管絃    陪臚=右舞
   
  賀殿=左舞    還城楽=右舞
   






  国指定重要無形民俗文化財

  春日若宮おん祭    12月17日(毎年)   
   
   春日若宮おん祭は、保延二年(1136)、関白藤原忠通によって天下泰平、五穀豊穣、万民和楽を祈って大和国一国をあげてはじめられた。
 田楽・細男・猿楽・舞楽など日本の伝承芸能がつぎつぎと奉納され、生きている芸能史といわれる。
 遷幸の儀   0:00分 
 暁   祭   1:00分
 お渡り式   12:00分
 松の下式  13:00頃分
 御旅所祭  14:30分
    
   御旅所神事芸能  14:30分〜22:30分

   ○ 神楽

   ○ 東遊 (16:15分頃)

   ○ 田楽

   ○ 細男舞

   ○ 猿楽

   ○ 舞楽 (18:00分頃)
  遷幸の儀  23:00分頃 
   
  舞楽の部
  東遊    16:15分頃     振鉾三節=左舞・右舞    18:00分頃
   日本古来の歌舞の一つで、東国の風俗舞といわれており、また、安閑天皇の御代、駿河国の有度浜に天女が降り、舞い遊んだという故事に因んだ東国の風俗舞といわれる。
 おん祭では、駿河舞と求子歌を舞う。子どもが舞うのは他に例がなく珍しいものである。
     舞楽のはじめに舞われる曲で、国土安穏、雅音成就を祈って舞台を浄めるために舞われる。
 振鉾三節は、左方の舞人と右方の舞人によって、三部で構成される。一部目を一節、二部目を二節、三部目を三節または合鉾とよんでいる。 
 

 東遊

     振鉾三節
         
 萬歳楽=左舞  18:10分頃      延喜楽=右舞  18:30分頃 
   随の煬帝が楽正白明達につくらせたもので、鳳凰が萬歳と唱えるさえずりを楽にし、その姿を舞に表したものと伝えられている。
 慶賀の際には必ず舞われる荘重閑雅、気位の高い曲である。 
     延喜年間に山城守藤原忠房が作曲、敦美親王が舞を作舞したものと伝えられる。
 萬歳楽と番舞であり、慶賀必奏の曲で優雅な舞ぶりである。 
   万歳楽(左方)    

 延喜楽(右方)

         
   賀殿=左舞  18:50分頃         
    承和年間に、遣唐判官藤原貞敏が琵琶譜によって習い伝えた曲に、楽人林真倉が舞を振りつけ、道行、破、急の構成をなしたといわれている。
 おん祭では、賀殿の急が舞われる。軽快な曲に合わせ、変化のある動きの早い四人舞である。
 裾と前掛をつけて舞われる。
     
   賀殿(左方)      
         
 ※ 隔年で、長保楽・地久を奉納   19:10分頃    
    長保楽=右舞          地久=右舞
   保曽路久世利を破の曲に、賀利夜須を急の舞として、一条天皇の長保年間に一曲にまとめたもので、そのときの年号を曲名としたといわれる。        古代朝鮮地方伝来の四人舞で、赤い大きな鼻の優しい面をつけ、鳳凰をあしらった鳥甲を冠って舞う優美な舞である。
 破と急がある。
   長保楽(右方)      
         
  和舞  19:35分頃      
   和舞は、大和の風俗舞で、春日大社では古くから行われてきた。
 神主舞は一人または二人で、諸司舞は四人または六人にて舞われる。
 おん祭では、神主舞一曲、諸司舞二曲が舞われるのが近年の例になっている。 
     
         
  ※ 競馬の勝負によって、蘭陵王と納曽利の奉納順序が入れかわる。
   
 蘭陵王=左舞   20:00分頃      納曽利=右舞   20:25分頃
   中国北斉の王、蘭陵王長恭は美青年であったので戦場に赴くときは、いつも恐ろしい面をつけ軍を指揮したという故事が伝えられている。
 奈良時代、天竺の菩提僊那と林邑僧仏哲がわが国に伝えた林邑八楽のひとつとされる。
 舞楽の中でも最も代表的なものの一つである。
     高麗楽で伝承不詳であるが、龍の舞い遊ぶさまを表した曲といわれ、破と急の二楽章からなる。
 龍を象った吊り顎の面をつけ、毛べりの裲襠装束を着け、銀色の桴を持って舞う。蘭陵王と一対をなし、競馬の勝負舞とされている。
 
   蘭陵王(左方)      納曽利(右方)
         
  散手=左舞   20:50分頃       貴徳=右舞    21:20分頃
   散手破陣楽ともいい、林邑五破陣楽の一つで雄壮な武舞である。
 これは、神功皇后の新羅出兵時に、率川明神が先頭に立って軍士を指揮したさまをあらわしたものといわれている。
 舞人は、赤い隆鼻黒髭の威厳のある面をつけ、龍頭を形づくった竜甲をかぶり、赤い毛べりの裲襠装束を着し、太刀を佩き鉾を持って舞う。
 その舞振りは勇壮活発で、武将らしい荘重なものである。序と破が伝わっている。
     漢の宣帝の神爵年間に匈奴の日逐王が漢に降伏し、貴徳侯になったという故事によっている。
 舞人は、白い隆鼻白鬚の面をつけ、鳳凰をあしらった鳥甲をかぶり、毛べりの裲襠装束を着け、太刀を佩き、鉾を持って舞う。その舞振りは気品高く勇壮である。破と急が伝わっている。
 おん祭では、散手の番舞として「中門還の舞楽」といい、江戸時代までは、興福寺一条院宮、大乗院御門跡、春日社司らがこの曲が奉納されている間に御旅所に詣でたといわれる。
   散手(左方)      貴徳(右方)
         
  抜頭=左舞   21:50分頃       落蹲=右舞   22:15分頃
   天平時代に林邑の僧仏哲が伝えた曲で、毛べりの裲襠装束を着した舞人が一人、太い桴をもって舞う。
 猛獣を退治した孝子の物語を表したもので、始めに奏される太鼓と笛による乱声では獣と格闘する場面を、合奏のときは復仇を終え、山路を両手でわけつつ喜踊しながらかけ降りてくるさまを表している。
     納曽利の二人舞をいう。枕草子に「落蹲は二人して膝踏みて舞ひたる」とあるのがこれで、南都楽所の右方舞である大神流独特のものである。破および急が伝わっている。
 一人舞の納曽利とは一風違った趣があり、ことに急の舞では、まさに二頭の龍が戯れ遊ぶように、息の合った二人の舞人が舞うさまは見ものである。
 神前で二人して膝踏むさまは、祈りの舞として、すべての芸能の最後の演目にふさわしいものである。 
  抜頭(左方)    

 落蹲(右方)






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